記録 of 雑感 in 日々

なんなら5.1信4.9疑でももうなんでもいいや…

自分に対しての覚え書き的なもの。


震災と原発事故から1年経っても、未だにいろんな情報が飛び交っていて、
放射能、瓦礫処理、地震予知、どの問題にしても
素人がいくら情報を掻き集めたところで、何が真実か解らないことが多い。

でもそこからどう判断して、どれを選択するか、
いわゆる「情報リテラシー」というのが大事みたい。


何の根拠もなく考えもしないで「大丈夫っしょ!」と言ってしまうのはバカですよ。
ええ、思考停止と言われてもしょうがない。

でも誰かを崇拝したり狂信的になって信じ切ってしまうのも、同じく思考停止。
自分で考えなくなってしまうわけだから。


なので自分が理解しきれていないことに対しては「半信半疑」くらいがちょうどいいかもしれない。
始めから崇拝するでもなく、懐疑的になるでもなく、まずは少し様子を見てから判断してみようっと。



ついでに「サイレントマジョリティ」について。
wikipediaによると、
「物言わぬ多数派」「静かな多数派」 積極的な発言行為をしないが大多数である勢力のこと。
1969年、ニクソン大統領が演説に用いてからは「発言はしないが現体制を支持している多数派」
とうニュアンスで用いられるようになった。
とある。

世の中の関心が集まる話題があって、その中心に入って熱く議論してる人たちがいたとしても、
「どっちの言ってることも解るな」とか「今は賛同も否定もしないよ」もしくは「わけわかんねー」
という数万、数百万の人々が周りを取り囲んで、口を出さずに見守ってる。
ドラクエの「ばくだんいわ」のように、じっと様子を見ている人がゴロゴロしているわけだ。
なるほどねー

ただ、ばくだんいわ的な立場を取っても、「自分には関係ナイネッ!」と無関心なのも問題で、
中心に入らずとも議論を聴きながら自分なりに考えなきゃならない。それこそ半信半疑で。

様子を見ながらいろんな知識を得たら、試しに中心に行って参加してみて、
場合によってはまた離れて、改めて考えてみるのもいい。



それから、
震災や原発関連のことでも、もちろんそれ以外の日常のことでもそうだけど、
いろんな人から情報とか意見をもらってるなかで、スッと自分の感覚に入ってくる感じ、
まさしく「腑に落ちる」時がある。

テレビを観たり、本とか漫画を読んだり、友達と話してる時でも、そういうことがある。
簡単に言えば「共感」「共鳴」てことかしらん。

そんな時って半信半疑どころか「自分は間違ってないんだ」という
「自分崇拝」みたいな感覚になることがあるけど、
それはそれですごく大事なことで、芸術とかスポーツに関しては特にそうだと思う。

さっきまで半信半疑とか言っといて、なんだか矛盾してるようだけど。

重要なのは「この感じはいいかもしれない」と思ってそれを追求しながらも、
たまに中間地点に戻ってきて客観的になること。
自分崇拝しながらも、この感覚はいつかひっくり返るかも、と頭の隅っこで思うことか。

自分崇拝が10信0疑だとしたら、ちょっと信じて7信3疑とか、かなり疑って8信2疑とか、
なんなら5.1信4.9疑でももうなんでもいいや…


っていう往ったり来たりを繰り返すことで少しずつ深く平穏なところが見えてくる、
ような気がしないこともない(半信半疑)。
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by last12continuum | 2012-03-31 06:07

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